エシカルディレクターの早坂奈緒さんが、世の中のエシカル※な事例を取材していく連載企画「エシカルライフを考える」。第5話目となる今回は、和歌山県古座川町の「株式会社あがらと」を尋ねました。あがらとは、「すべての命と共に歩いていく」という理念を掲げ、大自然の恵みに感謝しながら、農業や作物を素材とした商品開発に取り組んでいます。代表取締役を務める土井新悟さんに、自然や命との向き合い方や、社会の永続的発展を実現するための取り組みなどを伺いました。
※人や社会、地球環境に配慮した考え方や行動を大切にしようという概念
和歌山県の南部、町の9割を山と川が占める古座川町。その南西部に、株式会社あがらとはあります。到着すると、事務所として使われている古民家から土井さんが顔を出し、「早坂さん、遠いところようこそ」と出迎えてくれました。早坂さんは「あがらとの取り組みはずっと興味があって、いつか訪れてみたいと思っていました。本日はよろしくお願いします」と表情を崩します。
あがらとは、「すべての命とみらいを拓く」という言葉を掲げ、野菜やお米、食用薔薇などの作物の栽培や、商品の開発を手掛けています。特に食用薔薇は「Dew Rose」と名付けられ、シロップやジャムなどさまざまな商品を展開。これまでに多くのメディアに取り上げられてきました。
薔薇は見た目が美しいだけではなく、美容や健康に役立つさまざまな効果・効能があることで知られています。「Dew Rose」は分析機関で調べたところ、抗酸化作用や、酸化した体を元の状態に戻す還元作用などが認められ、人々の暮らしを健やかに彩っています。
「あがらとを立ち上げようと思ったきっかけは何だったんでしょうか」
早坂さんの問いに、土井さんは「永続的に発展する社会を実現するために、地方が自らの力で利益を生み出せる仕組みをつくりたいと思ったんです」と答えます。
「今の日本の社会構造や経済構造は、経済の膨張や人口増加が前提になっていると思っています。しかし日本では人口減少が進んでおり、このままではこの国そのものが成り立たなくなってしまうのでは、と感じたんです。それを防ぐために何ができるだろうと考えてたどり着いたのが、地方が自ら利益を生み出せる仕組みづくりを通じて、社会の永続的発展を実現するというアイデアでした。その第一歩として、人類の普遍的な産業である農業を軸とした事業を始めたのです」
そして土井さんは、日本の数ある地域の中から、自身のルーツがある古座川町であがらとを設立しました。
「あがら」は紀南地方の方言で「私たち」という意味があり、「あがらと」は「私たちと一緒に」という想いを込めた社名だと言います。「一人ではできないことも、私たちと力を合わせれば実現できる。それを、事業を通じて証明していきたいと思いながら活動してきました」と話す土井さんは、さらに地方の自立を促すための取り組みについても教えてくれました。
「あがらとでは自社栽培の他に、提携農家の方たちにもお願いし、私たちと同じ農法で作物を育ててもらっています。その作物は買い取る際、通常よりも金額を上乗せし、その分を村に寄付するようにしています。また、その作物はグループ企業である『LOVETABLE』というお店で提供しているのですが、そこでの売上の一部も寄付。こうした活動を経て、2022年度は村単位での黒字化を達成することができました」
提携農家の方たちの仕事を生み出しながら、村の利益も創出しているあがらとの取り組みに、早坂さんもすっかりと関心している様子です。「みんなで力を合わせることで利益や寄付を生み出せたなら、この地方は本当の意味で自立に向かうことができます。また、利益が生まれたという実績ができれば、今まで傍観していた人も『やってみよう』という動きが生まれてくるはずだと期待しています」と、土井さんの言葉にも力が入ります。
「たしかにこうした取り組みが成功事例として広まれば、他の地域でも真似したいという人が現れるような気がしますし、社会の永続的発展を実現するための大きな一歩になり得ると感じました」と早坂さんは頷きます。
土井さんは「私たちはあくまでも、社会現象を生み出すきっかけをつくるために活動しています。現在は農業をベースに事業を展開し、地域経済の活性化や人口減少に対してアプローチしていますが、これらの取り組みはあくまでも通過点。目指しているのは、社会の永続的発展を500年先も実現することにあります」と続けます。
「100年先を見据えて活動している人や企業は少なくないと思いますが、500年先まで見据えているというのは、他では聞いたことがありません」土井さんの超長期的な展望を聞いて、早坂さんは驚きます。
「100年先の未来というのは、孫やひ孫が生きる時代で、まだ直接的に影響を与えることができる範囲だと思っています。しかし500年後となるとそうはいきません。それでも、現代を生きる我々の姿勢や哲学などは、薄まりながらもDNAのように後世に受け継がれていくものです。ならば良い行いや考えが伝わっていってほしい。そういう視点に立つと、日々の行動や思考も自然と変わっていくと思います」
たとえば500年先を見据えた取り組みとして、「ビニールハウスの素材や土にこだわっている」と土井さんは続けます。「竹ハウス」と名付けたビニールハウスは、手入れの行き届いていない竹藪から竹を仕入れて、それを骨組みとして使用。自然に還る竹を使うため環境への負担が少なく、放棄竹林の問題解決の一助も担っていると言います。
また、あがらとでは農薬や除草剤、殺虫剤、動物性肥料を使わずに、植物性の肥料のみを使用する「植物性自然栽培」という独自の栽培方法を採用。これは、土の中に存在する多様な微生物の力を借り、この地の豊かな自然の環境に極力近づけたいという考えから取り入れたそうです。
さらに土井さんは、この場所で農業を始めて、先人が残してくれた恩恵を感じることが多いと話します。
「何百年も昔に開墾されたこの場所を、現在の私たちが不自由なく活用できている。これは、当時の人たちは何世代も先の人々が安心して生活できるよう、丁寧に土地をつくっていった証だと思うんです。その一方で、現代を生きる私たちはどこか近視眼的になりすぎていると感じます。遥か遠い未来にまで想いを馳せて、多様な命を大切にしたり、モノやコトを生み出したり、道具を丁寧に使ったり、地域の伝統や文化を後世に伝えたり。これらは昔の人たちが大切にしてきた想いであり、叡智です。そして、これらを継承して発展させていくのが、私たち現代人の役割ではないかと考えています」
「土井さんのお話を伺って、みんなで一緒にやることが、社会の永続的発展を実現するうえで非常に重要なことだと感じました。全員で協力し合うために、土井さんが意識していることはなんでしょうか」
早坂さんからの問いに、土井さんは「すべての事柄において『調和』を意識することです。そのためには『間の点』を追いかける必要があると考えています」と答えます。
「『間の点』とは私たちのグループで重要視している概念で、あるものとあるものの関係性の間に存在する点のことを言います。ヤジロベエで言うと支柱の部分のイメージです。私と早坂さんの関係性でたとえるなら、『間の点』は中心ではなく、どちらかに偏った場所に存在します。それは、私と早坂さんでは立場も役割も違う、つまり重りの大きさが違うため、『間の点』が中心にあってもバランスが取れないからです。人と人、都会と地方、人と自然と社会など、世の中のあらゆる存在は立場や役割が異なりますが、それらの関係性がちょうど良いバランスで成り立つポイントを探ること。それが、全員で一緒に取り組むうえでは重要なことだと捉えています」
「あらゆるものの関係性が上手くいくように『間の点』を見つける。この考え方は、人や社会、地球環境に配慮した思考をするうえで重要な指針になりますし、日々の行動の中にも取り入れやすいのではないかと感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました!」
さまざまなものが関係し合うことで成り立っている現代。その関係が上手くいくようなバランスを探ることが、エシカルな暮らしへとつながっていくのかもしれません。