LIFESTYLE「エシカルライフを考える」第4話
地域の好循環を生み出し、次世代に希望をつないでいく
July 11, 2023

エシカルディレクターの早坂奈緒さんが、世の中のエシカル※な事例を取材していく連載企画「エシカルライフを考える」。第4話目となる今回は、熊本県南小国町の黒川温泉郷を訪ねました。旅館数が全30軒という小さな温泉郷では、2020年から「黒川温泉一体地域コンポストプロジェクト」という取り組みがスタート。旅館から出る食品廃棄物を活用して堆肥をつくり、その堆肥で育てた農作物を料理としてお客さまに提供する仕組みを目指す、サーキュラーエコノミーの画期的なモデルとして注目されています。同プロジェクトを牽引している北山元さんに、プロジェクトへの想いやエシカルに関する考え方を伺いました。

※人や社会、地球環境に配慮した考え方や行動を大切にしようという概念

早坂奈緒Hayasaka Nao
エシカルディレクター。エシカル商品を取り扱う「エシカルコンビニ」の立ち上げに携わる。現在はエシカル関連の展示やイベントのディレクター・キュレーターとして活躍中。
北山元Kitayama Hajime
島根県出身。熊本の大学を卒業後、阿蘇の観光施設に勤務。2017年より黒川温泉観光旅館協同組合に所属し、熊本地震の復興支援や地域の魅力づくりに携わる。

地域の魅力を見つめ直す中で出会った
サーキュラーエコノミーの視点。

世界有数のカルデラがあり、広大な草原がどこまでも広がる熊本県阿蘇。そこからさらに奥地に進むと、さまざまな地域からの旅行客で賑わう黒川温泉郷の姿が見えてきます。かつては地図にもその名前が記されていなかったという秘境の地は、地域一丸となってさまざまな挑戦を重ねる中で、全国にも知られる温泉郷へと発展していきました。1990年代から掲げている「黒川温泉一旅館」というコンセプトには、全30の旅館を一つの旅館と見立て、訪れた人たちを地域全体で迎え入れるというおもてなしの精神が表れています。

2012年より始まった黒川温泉郷のライトアップ「湯あかり」の様子

「こんにちは。遠いところ、ようこそお越しくださいました」

黒川温泉観光旅館協同組合の事務局長を務める北山さんが、早坂さんを笑顔で出迎えます。早坂さんも「本日はよろしくお願いします。黒川温泉のプロジェクトには以前から興味を持っていたので、こうしてお会いできて嬉しいです」と言葉が弾みます。

「北山さんが黒川温泉と関わるようになったのはいつ頃のことなんでしょうか?」

「2017年からです。その前年に発生した熊本地震による被害からの復興を推進するプロジェクトマネージャーを募集しており、当時代表理事を務めていた方の話にも感銘を受け、関わってみようと思いました」

初めの頃は、地震の影響で減少した観光客を呼び戻すための取り組みに従事していたという北山さん。しかし、長期的に黒川の未来を見据えたとき、地域の本質的な価値を顕在化する必要性を感じたと言います。そんな中、黒川温泉では旅館組合、観光協会、自治体のメンバーが集まり「黒川みらい会議」を開催。半年間にわたって議論を重ねたそうです。

「旅館を営んでいると、どうしても食品廃棄物の問題がつきまといます。また話し合いを重ねる中で、人手不足や、食のイメージが薄いという課題が浮かび上がってきました。そのため、きちんと地産の魅力を吸い上げて、目に見える価値として発信していくことが、働いてみたくなる、訪れてみたくなる地域になるためには不可欠だと考えたのです。こうした中、サーキュラーエコノミーやSDGs、コンポストなどに詳しい方たちとのご縁が生まれ、黒川温泉でも取り組んでみようという流れが生まれました」

「課題」が「価値」へと生まれ変わる。

「黒川みらい会議」を経て、2020年からスタートしたのが、「黒川温泉一体地域コンポストプロジェクト」。現在は、休業中の施設の浴室を借りて、そこに旅館から出た食品廃棄物を集めているのだと教えてくれました。

「堆肥は、食品廃棄物に落ち葉や籾殻を混ぜ合わせてつくります。できあがった堆肥は、地域の農家にお渡しし、活用してもらっています。そして、実際に収穫できた農作物は旅館に届き、お客さまに料理として提供する。まだ実証実験段階で仕組み化には至っていませんが、こうした好循環が黒川温泉郷の中で生まれています」

実際にコンポストの現場を見学した早坂さんは、「近年になってコンポストは認知されてきましたが、地域一体となって実現しているところが、かなり先進的ですね。何より、生ごみという『課題』が資源という『価値』に生まれ変わるというのが、黒川温泉独自の素晴らしい魅力になっていると感じます。宿泊された方が、もし仮に料理が食べきれなかったとしても、この取り組みを知ると、申し訳ない気持ちが和らぐのではないでしょうか」と感心します。

取材当日、旅館で提供された食事にも、畑で収穫された野菜が使用されていた

早坂さんの言葉に、北山さんは「まだまだ解決しなければならない課題が山積しています」と謙遜しながらも、同時に手応えを口にします。「こうした取り組みを通じて、サステナブルな事業や商品開発に取り組もうとしている旅館も増えてきています。継続することで地域の人たちや観光客のみなさんの意識も変わっていくと思うので、今後も続けていきたいですね」

コンポストを土台に、
新たな魅力が芽吹き始める。

北山さんのご紹介によって、「黒川温泉一体地域コンポストプロジェクト」に賛同されている方たちにも話を聞くことができました。旅館「奥の湯」代表取締役であり、黒川温泉観光旅館協同組合の代表理事も務める音成さんは、北山さんが黒川温泉に関わるのとほぼ同時期に両親から旅館を受け継ぎました。事務局長を務める北山さんとは、毎日のように意見を交わしていると言います。

「コンポストのプロジェクトは周囲からの反響がよく、また世の中の流れにも乗っていたので、これを継続して黒川温泉郷を発展させていこうという話になりました」と音成さんはこれまでの成果を振り返ります。そして、このプロジェクトを継続することによる価値についても話をしてくれました。

「黒川温泉は人材不足が深刻で、過疎化も進んでいます。そのため、他の地域から働き手に来てもらう必要がありますし、旅館を存続させていくためには集客にも力を入れていかなくてはなりません。今回のコンポストの取り組みは、この地域を訪れる人にとっての魅力や共感できるポイントになると信じています」

北山さんと意見を交わす音成さん(右)

次に話を伺うことができたのは、旅館「御客屋」農業部主任の畠山さん。御客屋は「半農半宿」という事業形態をとっており、畑を所有しているのが特徴です。畠山さんが丁寧に育てた作物が、料理となって宿泊客に届きます。畑ではプロジェクトから生まれた堆肥を使用しており、現在は年間に50種類ほどの作物が収穫できると畠山さんは教えてくれました。

「堆肥を使うようになってから、作物の苦味が減り、根の張りも良くなりました。また、旅館に泊まっているお客さまに料理として提供し、『美味しい』と言ってもらえることがとても嬉しいですね」と、畠山さんはプロジェクトの成果を嬉しそうに語ってくれました。

作物の状態をチェックする畠山さん

「つながり」を意識することで
考え方や行動が変わっていく。

3名の話を聞いて、早坂さんは「食品廃棄物をどう処理するかは、誰にとっても身近な問題だと思います。だからこの取り組みがもっと認知されれば、人の暮らしや地球環境がもっと良くなっていくのではと感じています」と感想を伝えます。そして北山さんに「黒川温泉郷のように地域単位というのは簡単ではないかもしれませんが、一般家庭で今すぐ始められる取り組みはどんなことが考えられるのでしょうか?」と質問を投げかけます。

「最も身近な手段としては、『生ごみを乾燥させてから廃棄する』ということではないでしょうか。水分がなくなればごみとしての量が減り、焼却するために必要な燃料も削減することができるからです」

「なるほど。そのアクションであれば、誰でも簡単に始められそうですね」と早坂さんは頷きます。

「最後に、北山さんにとっての『エシカル』とは、どういった思想や行動なんでしょうか?」

早坂さんの質問に、北山さんは少し考えてから「『つながり』だと思います」と答えてくれました。

「たとえば『自分だけ』という分断された思考だと、人や自然に配慮する意識が欠けてしまう気がしています。ですが、自然や人、空間、そして時間、そのすべてがつながっているという意識があれば、たとえば『ごみの量を減らそう』というように、自分とつながっているものに対してプラスになる行動をするようになると思うんです」

「『つながり』というのは、まさに今回のプロジェクトを指す言葉でもあると感じます。先代が残した財産を継承しながら、次世代に希望をつないでいこうという姿勢こそが、北山さんにとっての『エシカル』なんですね」

「そうかもしれません。これからも人や地域、時間的なつながりを忘れることなく、なるべく良い状態を維持したまま、黒川温泉郷を次世代に引き継いでいきたいですね」

コンポストによって地域のつながりを強くし、新たな価値を創出した黒川温泉郷。私たちも暮らしの中で身近なつながりを意識することで、より良い未来へと進んでいくことができるのかもしれません。