LIFESTYLE「エシカルライフを考える」第3話
「100%自然由来」というものづくりの哲学で、
人や地域に潤いを届ける
June 13, 2023

エシカルディレクターの早坂奈緒さんが、世の中のエシカル※な事例を取材していく連載企画「エシカルライフを考える」。第3話となる今回は、本土最南端の地、鹿児島県肝属郡南大隅町に拠点を構える株式会社ボタニカルファクトリーを訪れました。廃校となった小中学校をリノベーションした工場では、エシカルやサスティナブルに配慮したナチュラルコスメがつくられています。代表取締役の黒木靖之さんに、商品づくりの想いやエシカルに対する考えについて伺いました。

※人や社会、地球環境に配慮した考え方や行動を大切にしようという概念

早坂奈緒Hayasaka Nao
エシカルディレクター。エシカル商品を取り扱う「エシカルコンビニ」の立ち上げに携わる。現在はエシカル関連の展示やイベントのディレクター・キュレーターとして活躍中。
黒木靖之Kuroki Yasuyuki
2016年、故郷である南大隅町に株式会社ボタニカルファクトリーを設立。代表取締役として、ナチュラルコスメを中心とした商品の企画・開発を手掛ける。

子どものアレルギーを治すことから始まった
ナチュラルコスメづくりの挑戦。

南大隅町は北緯31度線が通っていることから、本土では珍しく亜熱帯性の植物が群生しています。ボタニカルファクトリーは、東側に原生林の山々、西側に錦江湾を臨む風光明媚な地にあり、静寂と心地よさに包まれていました。

廃校となった小中学校を化粧品工場へとリノベーション

「黒木さん、お久しぶりです。本日はよろしくお願いします」

「遠いところありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

数年前から交流が生まれたという早坂さんと黒木さんは、さっそく再会を喜び合います。

もともと化粧品業界に勤め、長年にわたってコスメの企画や開発、輸入に携わってきたという黒木さん。あるときヨーロッパのオーガニックコスメ工場を視察した際に、農園や植物エキスの抽出工場、パッチテストを行うクリニックなどが一体となっている光景に感銘を受け、「いつか自然や農業を活かしたコスメをつくりたい。そしてやるなら故郷の南大隅町でチャレンジしたいと考えるようになったんです」と振り返ります。

「また、当時生まれたばかりの娘がアレルギーを発症してしまったのですが、その原因がケミカルな成分が肌に触れていたことと判明し、『これはもう自分でつくるしかない』と決意が固まりました」

こうした経緯から、ナチュラルコスメの開発に着手した黒木さん。最初は子どものために、オーストリッチのオイルを使った石鹸をつくったそうです。

「アレルギーを治すために、『洗う』という行為を見直そうと考えました。オーストリッチのオイルにはその改善に効果的な成分が含まれていることから、県内のダチョウ牧場を訪ねて、油を譲ってもらったんです」

その後も多種多様なナチュラルコスメの企画や開発に携わってきた黒木さんですが、改善の余地が多く残されていると感じたことで、自然派の技術や商品づくりを追求するために、ボタニカルファクトリーを設立したのだと言います。

ナチュラルにもケミカルにも、それぞれの良さがある。

ボタニカルファクトリーの商品ブランド『BOTANICANON(ボタニカノン)』シリーズ。スキンケアやヘアケア、ボディケア、食品などがラインナップに並びます。

「BOTANICANONはエシカルコンビニでも取り扱っており、私も愛用しています。改めて、商品の特徴を教えてください」

早坂さんの質問に、黒木さんは「BOTANICANONは『食べ物のようなコスメ』をコンセプトにしています。『肌から取り入れるものと口に入れるものは、同じ原料でなくてはならない』と考えるからです。そのため原料は、南大隅町で採れる月桃やホーリーバジル、レモングラスといったハーブや、タンカン、パッションフルーツなど地産の農作物を中心に、100%自然由来を追求しています。ハーブは蒸留し、その蒸留水をコスメのベースウォーターとして使用。農作物は規格外のものを買い取り、蒸留水やアロマオイルなどに生まれ変わります。また、防腐剤や合成界面活性剤を使用せずに商品化を実現していますが、この技術こそが我々のオリジナリティと自負しています」と教えてくれました。

代表的な商品として黒木さんがピックアップした商品。左から「クレンジングクリーム」「化粧水」「オイル」

さらに黒木さんは、「『この成分が何かに効く』といった、いわゆる西洋医学的な視点でつくっているわけではありません」と続けます。

「BOTANICANONには即効性がなく、効果も限定的です。ただ、使っているうちに、角質がやわらかくなり、肌本来が持つハリやツヤを取り戻すことができます。また自然本来の香りを楽しむことができ、自律神経を整えるのにも役立ちます」

究極のスキンケアとは、「ターンオーバーが整い、2〜3日に1回使うだけで肌が強くなっていくもの」と黒木さんは言います。そのため、BOTANICANONの使用頻度はだんだんと落ちていくのだと教えてくれました。「回転率は良くないため、売上に影響はありますが、肌本来の強さをもたらすことこそがコスメの本質だと私は思っています」とその信念は揺るぎません。

「人のより良い暮らしに配慮されていて、まさにエシカルな商品だと感じます」と感想を伝える早坂さんに、黒木さんは「ナチュラルコスメの良さをもっと知ってもらうために、化粧水を自宅でつくる文化を育てたいんです」と夢を語ります。

「実は化粧水は、水・グリセリン・蜂蜜といった、身近な材料でつくることができるんです。この原料をベースに、肌が喜びそうなものを加えていくことで、自分の肌や好みにあった化粧水をつくることができます。たとえば親が子どもの肌のために一週間分の化粧水をつくって、冷蔵庫に保管しておく。そして親子で肌本来の強さや自然の香りを楽しむ。そんな文化を育ててみたいですね」

自然の力を、多くの人の日常に届けたいと話す黒木さん。そのうえで、「ナチュラルコスメが絶対的に正しいと主張したいわけではありません」と話します。「ケミカルなコスメは即効性に優れたものが数多く発売されているため、すぐに肌を整えたいという場面では有用です。ナチュラルとケミカル、どちらが良い悪いという話ではなく、その人の生き方や目的に応じて、使うものを選ぶのが重要なことだと思っています」

黒木さんの考えにじっくりと耳を傾けていた早坂さんは、「ケミカルなコスメとナチュラルなコスメ、両方と向き合ってきた黒木さんの言葉だからこそ、説得力がありますね。過去のエシカルの取材においても、『自分にとって良い選択をすること』がエシカルな暮らしを送るうえで大切だという話がありましたが、そこにも通じる考えだと思いました」と頷きます。

「自分たちのため」が、
「周囲のため」になっていく。

「エシカルについて考えるうえで、地域社会や環境への配慮という視点もとても重要だと思っています。黒木さんの取り組みは、地産の植物を活用したり、廃校を再活用したりと、地域や環境への貢献が非常に大きいと感じていますが、やはり意識的に取り組んできたのでしょうか」

「もちろん、地域の人たちに愛される存在を目指してきました。たとえば廃校を活用させていただくときも、近隣の方々は『自然豊かな地に工場ができる』という点に不安を感じておられました。だからこそ、ケミカルな素材は一切使わないと約束し、今でも守り続けています」

そのうえで黒木さんは、「『地域のため』ということ以上に、きちんと利益を上げることを重要視しています。自分たちの事業がしっかり成り立っていれば、農家の方たちから植物を買い取ることができたり、雇用を創出したりと、結果的に地域のためになる。そう考えているからです」と補足します。

実際に黒木さんは、自社のためにも、地域のためにもなる活動に積極的に取り組んでいます。農業従事者の高齢化によって耕作放棄地が増加している中、黒木さんは近隣農家と契約してコスメに使用するハーブや農作物を栽培。また、子育て世代やハンディキャップのある方たちも働きやすい環境を整えていると言います。

契約先の農家の方と談笑する黒木さん

人口減少という課題に対しても、黒木さんは「関係人口を増やす」というアプローチで向き合っています。「南大隅町で暮らしていなくても、訪れてくれる人が増えれば、地域は活性化します。南大隅町に足を運んでもらうきっかけとして、ボタニカルファクトリーでもインターンシップや工場見学、アロマづくりのワークショップを実施しています」

数十種類のアロマを組み合わせて好みの香りをつくることのできるワークショップ

哲学に触れることで、より良い選択をしやすくなる。

「黒木さんにとって『エシカル』を一言に集約すると、どういう考えになりますか」

早坂さんの質問に、黒木さんは「『どのような哲学でものづくりをするか』そして『誰が関わるか』を追求することがエシカルの本質だと考えています」と迷うことなく答えてくれました。

「たとえば、いくらエシカルを掲げたものづくりをしていたとしても、その裏で商品を大量廃棄してしまっていたり、労働環境に問題があったりしては、エシカルとは言えません。ボタニカルファクトリーの場合は、私の『地産の素材を使った100%自然由来の商品をつくる』という哲学に、地元の農家の方やスタッフ、ハンディキャップのある人たちが、それぞれのできる範囲で真剣に応えてくれています。こうして生まれる商品だからこそ、ある種のエネルギーが宿りますし、多くの人から愛されるブランドに成長できたのだと思っています」

黒木さんのエシカルに対する考えに触れ、早坂さんは「企業が哲学や背景をしっかりと発信することで、生活者は商品やサービスの購入時に『より良い選択』をしやすくなるように感じました。暮らしの中にエシカルなアイテムを取り入れるときは、その背景を知ることが重要ですね」と頷きます。

エシカルの捉え方は、きっと、一人ひとり異なるものです。それでも、自分にとって大切なことや、目の前にある商品が大切にしていることを知る。それが、エシカルな暮らしをかなえる第一歩なのかもしれません。