LIFESTYLE「学びを探求しよう」第1話
子どもが主体の世界をつくる
December 10, 2024

正解のない時代に生きていく私たちは、何を学べばいいのでしょうか。連載企画「学びを探求しよう」では、全国津々浦々で新しい学びにチャンレンジしている学校や先生にお話を伺い、子どもや他人とのコミュニケーション、また自分との向き合い方のヒントをお届けします。 第1話は2019年、長野県佐久穂町に日本初のイエナプランスクール認定校として開校した「学校法人茂来学園 大日向小学校」。新しい時代の教育を切り開く存在として注目を集める本校に通う児童は、9割が県外からの移住者です。教育に関心の高い保護者から支持されているイエナプランとは、どんな特徴を持った教育なのでしょうか。教師はいかに子どもと向き合っているのでしょうか。子どもたちはどのような環境で、日々何を学んでいるのでしょうか。登校から下校まで1日の様子を撮影させてもらうとともに、同校の教頭を務める青山光一先生を取材しました。

青山 光一 Koichi Aoyama
19年間公立小学校で教諭を務めたのち、2020年4月より日本初のイエナプランスクール・大日向小学校カリキュラムマネージャーを経て、2023年教頭に就任。「公教育にイノベーションを」をミッションとする。伊豆大島でレモン農園を経営、農家を兼業。

一律ではないカタチの教育、イエナプランとの出会い。

朝8時。校庭でスタンバイしていると、子どもたちが続々とスクールバスで登校してきました。印象的だったのは、リュックサック、ショルダーバッグなどを持っており、ランドセルを背負ってない児童も多かったことです。そして撮影スタッフに元気に話しかけてきます。「このバスの名前知ってる?『さくほっこ』って言うんだよ!」「ぼくの教室ぜったい見にきてね!」。黄色のジープから、半袖短パン&ビーチサンダルで降り立った青山先生も、教頭のイメージとは一線を画すカジュアルな雰囲気。早速取材を始めさせてもらいました。

スクールバスは、低学年バス、高学年バス、兄弟姉妹バスの3台。

「19年間、東京都で小学校教員をしていました。最後の勤務先であった伊豆大島で退職し、大日向小学校へ転職したのが2020年のことです。本校で働くことになったきっかけは、同じ時間に同じスピードで、出来合いの答えに導いていく教育の在り方にしんどさを感じていたこと。日本におけるイエナプランの第一人者であるリヒテルズ直子さんに出会ったこともあり、自分の学級で探究的な学習に取り組むようになりました。そうすると子どもたちが明らかにイキイキと学ぶようになったんですね。学校全体で行った異年齢学習にも手応えを感じたため、実践してきた事例を日本イエナプラン教育全国大会で発表しました」

その後、リヒテルズ直子さんと、教育学者の苫野一徳さんとともにイベントに登壇する機会があり、日本イエナプラン教育協会との縁が深まったそう。大日向小学校で働くことになります。

インクルーシブな考え方を育てる。

イエナプランはドイツで始まりオランダで発展した教育。一人ひとりを尊重しながら自律と共生を学ぶことを目的としていて、子ども自らが学習計画を立てることや、異年齢クラスであることが特徴です。

「もっとも大切にしているのは、インクルーシブな考え方を育てることです。自分と他者の違いを知り、認めること。その上で学校の在り方を民主主義なものとします。教師と生徒も、ひとりの人間として対話を重ねていくため、先生はグループリーダーという存在です。○○先生という呼び方は使われず、みほぴー、がやさん、パンダさん…など、それぞれニックネームで呼ばれています。ちなみにわたしはアオヤンですね。子どもたちが『青山教頭先生』なんて呼ぶのは、何か頼みごとがあるときぐらい(笑)」

大日向小学校にはチャイムがありません。決められた時間割も宿題もありません。子どもたちは週の計画を自分たちで立てて学習を進めます。

それぞれが立てた学習計画を、それぞれのペースで進めている。

「本校は学校教育法第一条に定められた『一条校』なので、授業時数や範囲などは学習指導要領に則っています。それをクリアすることを前提条件としつつ、子ども自身が選択し、決定し、試し、振り返り、次週に活かす…というスタイルを実現しています。わからなければ自由に立ち歩いて子ども同士で聞き合いながら解決していいというのも特徴です」

ブロックアワーと呼ばれるこの授業が目指すものは、社会につながっていく、ホンモノの学びに向かう準備をすることだとアオヤンは説明しました。実際に見てみたブロックアワーの様子は、想像以上にイキイキしたもの。集中してプリントに向かっている子もいれば、活発に議論している子、学習道具を思いっきり広げて廊下で何かを書いている子もいるなど、それぞれのスタイルで存分に学習に向き合っている姿がありました。

給食も、クラブ活動も、自分で選ぶ。

給食の時間もユニークです。お昼の時間になると、子どもたちは大日向食堂へ。自分の食べられる量(大盛り、並盛り、小盛り)を選んで好きな席に座るのは、さながら大学の学食のミニ版といった趣。お喋りしながら楽しそうに食べていました。「きょうはカレーだから一番に来たの!」「いや、カレーじゃなくても一番に来てるよね!?」などという可愛いやりとりには思わずニコリ。

木のぬくもりを感じる大日向食堂。調理師たちもニックネームで呼ばれている。

また取材時の午後はクラブ活動がありました。活動内容は、自転車サバイバル、サッカーや野球、軽音、アイドル、料理、手芸、歴史、生き物観察…とバラエティ豊か。1-6年生までが合同チームになって自分の所属するクラブの活動を楽しみます。クラブ活動は半年ごとに自分で好きなものを選ぶそうです。

川遊びをしていた自転車サバイバル部。
音楽室で活動していたのは軽音部。

「学校は社会です。社会ですから他者がいます。自分が自由を持っているのと同じように、他者も自由を持っている。わたしたちは誰もが好きなことを選べるけれど、決して他人の自由を侵害してはいけない。自由には責任が伴うことを、さまざまな活動を通して伝えています」
素敵な笑顔でお話ししてくれたアオヤンです。

粘り強い対話から生まれる浮揚面。

子どもたちの自由や創造性を尊重するには、実は大変なこともあるのではないでしょうか?そう伺ったところ、やはり迷いや葛藤の連続で、試行錯誤しながらの毎日だそう。

「たとえば授業中に寝そべっている子どもがいても、大声で注意して終わりとはならないんですね。子どもの言動に直接アプローチせず、どうしたら彼らがよりよく発達するのかという視点で考えて対話をします。対話は簡単でも美しくもなくて、ひたすら骨が折れる作業です。スタッフ間でも同様で、粘り強く対話をし続けるのは苦しいと感じることもあります。(もう、多数決で決めてしまいたい…)と思ったりもするのですが、少数派を切り捨てるだけの多数決は民主主義ではない。コツコツと対話を重ねることで、みんなが納得できる道筋が浮かび上がってくる。『浮揚面』と呼ばれるそれをわたしたちはとても大切にしているんです」

壁もドアもなく、子どもたちも自由に入れるスタッフルーム。

保護者の関わりは、あくまで主体的。

学校と保護者の関わりはどうなのでしょうか。イエナプランの認定要件のひとつには、保護者への学校への参加の仕組みが公開されているという項目も掲げられています。

「本校にPTAはなく、PSS(Parents Session Supporters)という活動したい保護者が自由に参加できるシステムがあります。「学校セッション」という会議体では、子どもと保護者、教員、理事会で意見交換をして、保護者マターでのプロジェクトが発足する仕組みを導入しています。ここまでも遊具をつくったり、芝刈りをしたり、読み聞かせをしたり、保護者がプロジェクトメンバーとして、学校運営にフラットに関わってきました。一般的にPTAは任意と言いつつ強制力が働きがちで、やらされ感があった方も多いと思うのですが、それは民主主義ではないですよね」

見せていただいた保護者名簿にもニックネームが記載されていました。
「きょうは、アッチーナとさっちゃん、みほちゃんが学習サポーターのボランティアに来ますね」

学校はどうしたら人間的で民主的であることができるのか。
日々、民主主義について学び直している感覚があるそうです。

求められているのは、答えのない問いに立ち向かう力。

一方で詰め込み型の教育が収束しない理由は、学歴信仰の考え方を持っている親も依然としているからだと指摘するアオヤン。

「一般入試、AO入試の割合が明らかに変化しています。今後はますます自分は何者なのか、何をしてきたか、何をしていきたいかを自分の言葉で語る力が大切になるでしょう。点数で選ばれるのではなくて、自ら選び取っていく時代です。答えが決まっているものを穴埋めするのはAIの得意分野です。社会全体が答えのない問いに向かっていくからこそ、人間はそこに立ち向かう力をつけるべきではないでしょうか」

20年以上、教育の現場に携わっている立場から、不登校の子どもが増え続けている現実についてもご意見をお伺いしました。
「5年先もよくわからないほど、社会は急激に変化しています。にもかかわらず、教育の形態は150年ほどそう変わっていないんですね。社会と学校の差が加速度的に開き続けていることに対して、敏感な子どもたちが拒否反応を起こしているように感じています。簡単に情報にアクセスできるいま、勉強をしようと思ったらどこでもできる。もし学校が知識を得る場所でしかないのだとしたら、通学する理由を見つけられないのではないでしょうか。学校が社会で生きていくための力をつける場所になっていなければ」

地域の方から畑を借り、学習活動の一環としてプルーンの栽培活動に取り組む。

子どもの意思を尊重していますか?

最後に理想的な大人の在り方を聞いてみると、「窓ぎわのトットちゃん」に出てくる校長先生を挙げられたアオヤン。

「お財布をトイレに落としたトットちゃんが肥溜めを汲み続けるシーンがあります。そのとき校長先生がかけたのは、『気が済むまで好きなだけやっていいよ、後片付けもするようにね』という言葉でした。実際は周りが臭くなるとか、服が汚くなるなどと考えて、子どもに止めさせてしまう大人が多いと思います。子どもの意思を尊重する姿勢が、このセリフに詰まっていますよね」

すべての子どもは、自ら成長する力を持っています。
大切なのは、その子がどうしたいのか、どう思っているのかを聞くこと。
指図しない。周りと比べない。焦らない。 わたしたちの世界は異なる人々や、異なる価値観でできています。
それぞれが大切にされてこそ、誰もが豊かに幸せな世界になるはずです。