LIFESTYLE「話す」「聞く」という環境をデザインし、
子どもたちの主体性を育てていく
November 30, 2022

子育ては、子どもの数だけ考え方があり、正解はありません。だからこそ、多くの親は試行錯誤し、それでも楽しみながら、子どもと日々向き合っているのではないでしょうか。

今回取材をさせていただいた「Bring Up Athletic Society」は、「集団での『学び』において、対人間スキル・集団での問題解決能力を育てる」ことをコンセプトに掲げる、小・中学生を対象としたスポーツアカデミーです。ここでの取り組みには、子どもの健やかな成長をかなえるヒントが数多くありました。代表の菊谷崇さんは、子どもたちにどんな体験を届け、どのような人間に成長してほしいと考えているのか、お話を伺いました。

菊谷 崇Takashi Kikutani
ラグビー元日本代表主将。ラグビー指導者として、2018年にBring Up Athletic Societyを立ち上げ、スポーツを通じて子どもや指導者の育成に当たっている。2022年3月には日本大学ラグビー部ヘッドコーチに就任。福井県スポーツ協会スーパーアドバイザーとしても活躍中。

チームトークを重ね、人としての魅力を磨く。

Bring Up Athletic Societyは、菊谷さんが専門とするラグビーをはじめ、アイスホッケーや陸上競技など、さまざまなスポーツを子どもたちに教えているアカデミー。どの競技も、技術指導に留まらない「人間形成」を大切にしている点が特徴です。

「日本代表として長くプレーをさせていただきましたが、そのときに感じたのは、スペシャルな技術だけではトップアスリートにはなれないということでした。試合の中では、どういったプレーができるかをアピールする主体性や、チームを一つにまとめるための協調性など、人間力も求められるからです」

ラグビー選手としてキャリアを積む中で、「プレイヤーとしても一個人としても魅力的な人を育てたい」という想いを抱くようになった菊谷さん。そのため指導の場では、「自分の話ができる」「人の話を聞くことができる」といった能力が自然と身に付く環境をデザインしていると言います。たとえばBring Up Athletic Societyのプログラムは、子どもたちが輪をつくって考えを話し合う「チームトーク」が頻繁に行われるように設計されています。

「子どもたちが進んでチームトークをしたくなるように、練習することが楽しくなる環境づくりを心がけています。具体的には、練習に『競争』の要素を取り入れる。競争があれば、勝ちたいという意識が働きます。では勝つためにはどうするかというと、素早く集まって、チームトークをして、作戦を立てるというプロセスが不可欠です。もちろん最初の頃は、うまく発言できない子や、人の話を聞いていない子もいます。しかし勝ちたいという意識が芽生えてくると、その姿勢が変わってきます。『今はこういうシーンだから、こういう作戦で行こう』と、大人顔負けのチームトークが行われることもあって、しばしば驚かされますね」

人の成長は、なかなか目に見えにくいもの。だからこそ「時折垣間見える子どもたちの変化が嬉しい」と菊谷さんは笑顔で話してくれました。

「提案する」「質問する」「委ねる」ことで、選手の主体性を育む。

菊谷さんは、コーチが主導するのではなく、選手が主役となって動く「アスリートセンターコーチング」を徹底しています。

「『やりなさい』と指示するのではなく、アスリート自身の『やりたい』というモチベーションをいかに引き出してあげられるかが、コーチの役割だと考えています。たとえば大学ラグビーでは、アカデミー以上に『勝つ』ことが重要視されますが、コーチの立場から『勝つ』という目標を設定することはありません。目標に対して取り組む選手たち自身が主体となって考えてほしいからです」

選手の目標達成をサポートする立場でありたいと語る菊谷さん。そのために心がけているのは、根拠を「提案する」ことだと言います。

「選手がどれだけ『勝つ』ことを目指していても、実際には負けることのほうが多いです。そんなとき、ただ『走りなさい』と指示するのと、『勝つためにはこの数字を上げる必要があって、そのためには走り込みが必要だけど、どうする?』と根拠と共に提案するのとでは、選手の意識も大きく変わってきます」

この「提案する」というスタンスは、選手にも求めると言います。

「たとえば『走るのは嫌だ』という『愚痴』は聞きません。ですが、『トラックで走るとランニングシューズとスパイクの履き替えが手間なので、グラウンドで走れるメニューに変更したい』という『提案』ならOKです。大切なのは、『なぜ(Why)』と『どのように(How)』をまとめてから話ができるかどうか。この力は、アカデミーや大学を卒業した後も必ず役立つと信じています」

選手へのアプローチは「提案する」だけではなく「質問する」や「委ねる」も使い分けていると菊谷さんは続けます。

「アカデミーに通う子どもは、最初のうちは『なんでパス来ないの?』と言うことがあります。そこで『待っていても来ないよ?パスが来るようにするにはどうしたらいい?』と質問をしてあげる。すると『パスが来ない』という問題を解決するために、チーム内でもっとコミュニケーションをとったほうがいいのか、あるいはボールを持っている選手に近づいたほうがいいのかなど、さまざまなアプローチを考えるようになります。また主体性を育むためには、こちらから提案や質問ばかりするのではなく、ときには子どもの考えに委ねてあげることも大切です」

ミスをするのは当たり前。
大切なのは、ミスをミスで終わらせない環境づくり。

もう一つ、菊谷さんが大事にしている考えがあります。それは「ミス」に対する向き合い方です。

「学校や家庭では、ミスを許さない教育が重視されているように感じます。ミスに対して指導者が怒鳴るという光景も存在します。その結果、選手たちはミスを恐れて、積極的なプレーや発言ができなくなり、主体性も身につきません。だから私は、ミスに対して怒鳴るということは決してしないように心がけています」

さらに菊谷さんは「ミスをミスで終わらせないことが重要」だと続けます。

「たとえば大学では、積極的なプレーの中でのミスは『チャレンジした』という考え方に置き換えます。どのタイミングでパスをしたら成功/失敗するかは、投げてみないとわかりません。『勝つ』という目標を達成するために、今はどんどんチャレンジをして、ミスをして、それを糧に成長してほしいと思っています。それに、そもそもラグビーは必ずミスが発生するスポーツ。だからこそ、誰かがミスをしたときに、そのミスをカバーできるかどうかも重要です」

「ミスをしても守ってもらえる」という環境は、選手たちの心理的安全性を確保するうえでとても大切な視点だと感じました。
一方のBring Up Athletic Societyでは、「ミスが存在しない」という独自のルールを設けることで、子どもたちの心理的安全性をつくっています。

「ラグビー本来のルールでは、ボールを前に落としたり、前にパスを投げたりすると相手ボールになりますが、アカデミーではOKです。こうすることで、子どもたちはミスを恐れずに活き活きとプレーができます」

子どもたちが楽しく活動できるように、「自分自身がまず楽しむこと」を心がけているという菊谷さん。子どもたちと一緒に、精力的にフィールドを駆け抜ける姿が印象的でした。

「自分の話ができる」「人の話を聞くことができる」人を育てる。そのために安心してチャレンジできる環境をデザインする。菊谷さんの話には、子どもと向き合ううえで重要な要素がたくさん含まれていました。
最後に、子どもたちにどんな未来を描いてもらいたいか、改めて伺いました。

「繰り返しになりますが、やはり自分の想いを発信できる人になってほしいです。自分の考えや悩みを話すことはすごく難しいですし、話して失敗することを恐れる気持ちもわかります。ですが、話すことで現状を変えられる可能性はありますし、心の負担を軽くすることもできると思っています。そんな人を育てるために、これからも活動を続けていきたいですね」