令和3年度の環境省の調べによると、わたしたちは1日あたり890グラムの一般廃棄物を排出しているそうです。家庭から排出されるゴミを「一般廃棄物」と呼ぶのに対して、事業から排出されたゴミのうち、国が定めた特定の20種類を「産業廃棄物」と呼びます。1日あたりの産業廃棄物の排出量は、一般廃棄物の約9倍の102.4万トン。家庭系と事業系の一般廃棄物と産業廃棄物を合わせた量は、東京ドーム約3杯分に相当します*。
※参考:永井一史+多摩美術大学 すてるデザインプロジェクト著「すてるデザイン」 2023年 パイインターナショナル刊
多摩美術大学が推進している「すてるデザイン」は、デザインの視点からゴミ問題の解決に取り組んでいくために、2021年にスタートしたプロジェクトです。大量生産・大量消費・大量廃棄の社会によってもたらされたゴミ問題の解決に、デザインはどのように寄与していくのでしょうか?本プロジェクトを推進する多摩美術大学の永井一史教授と濱田芳治教授、さらに有志メンバーとして参加した統合デザイン学科の植田ひなたさんと井上凛さんにお話をうかがいました。
ファッションやプロダクト、インテリアなど、デザインはわたしたちの身の回りにあるものの製造と密接な関わりを持っています。しかしながら、将来的なごみ処理場の不足や、ごみの焼却時に発生する温室効果ガスの問題が深刻化するなかで、デザインが置かれている状況に変化が訪れていると永井さんはいいます。
「デザインは常に社会とともにある存在であり、産業が発展する中で重要な役割を担ってきました。これからは、社会の成長によってもたらされたさまざまな問題の解決のために、デザインの役割を再定義する必要があると思っています」
「すてるデザイン」プロジェクトでは、デザインを通じて廃棄物の発生を抑制すること、そして「すて方」自体を変えていくために、3つの視点が掲げられています。ゆくゆくは、社会の仕組みを変えていくことを目指すこのプロジェクトの構想について、永井さんが解説します。
「このプロジェクトの最終的なゴールは、すべてのゴミが資源として循環される未来をつくることです。とはいえ、いきなり現在の産業や社会の仕組みを変えるのはむずかしいので、プロジェクトを段階的に進めるための3つのフェーズを構想しました。まずは、『すてたモノ』をどうデザインするか。その次に、『すてる前提』をどうデザインするかという段階。そして3つ目が、『すてるエコシステム』のデザインです」
フェーズ1として掲げられている「すてたモノをデザインする」事例として、ブックオフコーポレーションと共同で取り組んだ「CDプラ」プロジェクトがあります。このプロジェクトでは、1年間にブックオフが買取る2,460 万枚のCD・DVD・ゲームソフトのうち、値段がつけられずに廃棄せざるを得ない1,700トンのプラスチックを、再生資源として活用するための方法が模索されました。結果、独自の加工ラインの構築が成功し、再生プラスチック素材を販売するあたらしい事業に結実しています。
「ブックオフの方々も、まさか自分たちが素材メーカーになるとは考えてもなかったでしょうね」と話す濱田さん。サステナビリティの実現のために多くの企業がさまざまな取り組みを実施している中で、ブックオフの事例のようにビジネスとして成立できるケースはまだ稀だといいます。
「ビジネスモデルを変えてまで社会課題の解決に取り組むのは、企業にとってはなかなかハードルが高いことだと思います。しかしながら、現在の大量生産を前提としたビジネスでは、どうしても『売る』ことが優先されてしまうため、ユーザーや一般大衆の関心に大きく左右されてしまう現実がある。サステナビリティのための取り組みを継続するためには、資源を循環させる仕組みをビジネスとして成立させることが今後不可欠になっていくと思います」
小田急電鉄と共同で実施したリサイクルボックスのデザインプロジェクトは、フェーズ2として掲げている「すてる前提をデザインする」事例のひとつです。小田急線沿いの駅構内では、以前からリサイクルボックスが設置されていたものの、ペットボトル以外のゴミが混在してしまうことが課題としてあげられていました。
プロジェクトに参加した学生たちは、ペットボトルの回収率アップだけではなく、リサイクルボックスの認知度の向上を課題として提案。これらを解決するために、リサイクルボックスのデザインと同時に、ポスターや中吊り広告がデザインされました。
2021年のスタート以来、さまざまな事例を積み重ねてきたことで、プロジェクトに参画する企業や自治体の意識にも変化が生まれていると永井さんは話します。
「『すてるデザイン』のことが徐々に知られてきたことで、ごみ問題に関する相談や依頼は増えてきています。僕らのような美術大学と一緒に、社会課題の解決にデザインの視点で取り組むことへの期待が高まってきているのを感じますね」。
今回の取材では、プロジェクトのフェーズ3として掲げている「すてるエコシステムのデザインのデザイン」の足がかりとなる事例として、現在本格的な導入に向けて進められている鹿児島県大崎町でのプロジェクトについてお話いただきました。2023年に実施された本プロジェクトには、5名の学生たちが有志で参加しています。
統合デザイン学科の井上さんと植田さんは、「すてるデザイン」のコンセプトに惹かれてこのプロジェクトに参加しました。
「デザインは『つくる』ためのものであり、『すてる』とは結びつかないんじゃないかなと思っていたので、『すてる』の先にあるものをデザインするこのプロジェクトに新鮮さを感じたんです」
83%の資源循環率を誇り、資源循環率日本一を15回達成している大崎町では、27品目の分類を通して、廃棄物の資源化に取り組んでいます。本プロジェクトでは、分別の仕組みをさらに町内に浸透させるためのデザインを探求していきました。
学生たちはフィールドワークのために大崎町に訪れ、町内にある埋め立て場やリサイクルセンター、ごみの回収場所を見学。さらに、暮らしの中でどのようにゴミを分別しているのか、住民の方々にインタビューを実施しました。
大崎町では、月に1度しか資源ごみが回収されていないため、住民の方々はその間資源を自宅で保管する必要があります。インタビューを通じて導き出されたのは、「いかに暮らしの中でごみを美しく収納するか」という課題でした。学生たちは、ゴミ袋を吊り下げるだけで使用できるシンプルで美しいゴミ箱のデザインを提案。さらに、現在使用されているピンクとブルーの指定ゴミ袋の変更案として、生活空間に馴染みやすい透明のゴミ袋をデザインし、普段の分別から資源の循環が感じられるように、「資源に還るごみ袋」「埋め立てるごみ袋」の2種類のネーミングを提案しました。
そのほか、資源ごみを洗ったあとに効率よく水切りができるキッチンツールや、各家庭での分別方法を共有するためのフリーペーパーなど、さまざまな視点からの提案を実施。なかでも、複雑な分別ルールを理解するためのゲームの提案は、自治体の方々からの高い評価を集めたといいます。
「遊びながら分別方法について学ぶことができる、カードゲームのデザインを提案しました。分別を間違えるとコインが減っていき、最終的に埋め立て地がいっぱいになってしまうようなルールを設定しています。ゲームのルールを決めるのがなかなか大変で、時間をかけてふたりで考えていきました」
プロジェクトを振り返って、大崎町で暮らす方々へのインタビューの経験が印象に残っていると植田さんは話します。
「高校生の頃までは、つくることや絵を描くことだけがデザインだと思っていたんですが、デザイナーは見えないところまで努力する必要があるんだなと感じました。特に、フィールドワークで住民の方々の暮らしを目の当たりにしたことで、ユーザーの視点に立ってデザインすることの大切さを実感できたと思います」
一方井上さんは、プロジェクトを通じてデザインに向き合う意識に変化が生まれたようです。
「わたしたちは小さい頃から環境問題について頻繁に耳にしてきた世代だと思いますが、解決のためになにか具体的な行動ができていたわけではなかったと思います。今回のプロジェクトでは、デザインを通してゴミ問題の改善に貢献できる実感が得られましたし、他の社会課題に対しても『なにかできるんじゃないかな』と思うようになり、デザインへの向き合い方が変わったのを感じています」
「複合的なデザイン提案をできたことは、大崎町のプロジェクトの大きな成果だと思います」と話す永井さん。これまでも、学生たちが変化していく姿をさまざまなプロジェクトを通じて目にしてきたそうです。
「学生からは、『気候変動やごみ問題なと、自分とは関係ないと思っていたことの関わり方に気づくことができました』という感想をもらうことがありますね。確かに、ごみ問題や気候変動の解決は、どのようにアプローチすればいいのかわからないほど大きなテーマだと思います。『すてるデザイン』を3つのフェーズに分けたように、大きな問題を分解して考え、自分なりの関わり方を見つけていくことは、デザインが発揮する力のひとつです。僕らはデザイン教育を通して、さまざまな問題にデザインの視点から取り組むことができる学生を増やしていきたいと思っています」
学生たちにとって、プロさながらの本格的なプレゼンテーションに臨む経験は、今後社会人として活躍していく上での大きな自信につながるはずです。同時に、パートナーとして取り組む企業や自治体の担当者にとっても、学生たちの存在は大きな刺激になっていると濱田さんは話します。「学生たちが一生懸命デザインしている姿を間近で見るわけですから、その熱意やメッセージがダイレクトに届き、胸に刺さる場面は多いと思います」。
また、プロフェッショナルのデザイナーではなく、あくまで学生たちがプロジェクトに取り組むことは、ゴミ問題の解決を目指す「すてるデザイン」において欠かせない特徴のひとつでもあります。プロジェクトの成果を次の世代につないでいくために、学生たちが参加することの意義を濱田さんが語ります。
「このプロジェクトが目指している社会の変化が起こるのは、もしかしたら学生たちよりもさらに次の世代かもしれないですよね。僕らがデザイン教育で実践しているのは、デザインの視点から未来を思い描くことだと思うので、学生たちにはここで経験した実践的な学びを、次の世代にもつないでいってもらいたいですね」
取材を通じて、「すてるデザイン」の今後への期待と同時に、わたしたちにできることはなんだろうか?という気持ちが湧いてきました。最後に、普段の暮らしの中で実践できる「すてるデザイン」のためのヒントを永井さんにうかがいました。
「以前このプロジェクトの一環として、『かちのかたちたち展ー捨てる手前と後のこと』という展示を実施したのですが、そこでは『ゴミはどこからゴミになるんだろう』という問いを掲げたんです。たとえば、1枚の紙がごみになる瞬間はいつなのか。それは紙を丸めた瞬間なのかもしれないし、ゴミ箱に入った瞬間や、自分の意識から離れた瞬間なのかもしれない。紙に限らず、身の回りのものがゴミに変容する瞬間について考えてみることで、『すてる』ことの意識が変わっていくんじゃないかなと思います。
エコやサステナビリティといった言葉が生まれてきたように、人々の行動変容や、社会が移り変わっていくきっかけをつくる上で、まずは概念をつくることがとても大事です。我々はこのプロジェクトを通して『すてるデザイン』というあたらしい概念を社会に提示しました。今後もこの概念を広めていき、人々の意識が変わるきっかけとなる事例を増やしていきたいと思っています」
本取材を通して学んだデザイン視点は、わたしたちが日々おこなっている「すてる」を見つめ直し、ゴミの先にある世界を想像するきっかけをくれるのではないでしょうか。「すてるデザイン」の小さな実践は、わたしたちの暮らしから生まれるのかもしれません。
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