インテリアデザイナーが家具やファブリックを選ぶように、空間に広げる「香り」をデザインするデザイナーがいます。アロマオイルの製造販売をおこなう「@aroma」では、同社に所属する「センティングデザイナー」たちが、さまざまな空間に合わせたオリジナルの香り(scent)をデザインする「アロマ空間デザイン」を実践しています。同社のセンティングデザイナーとして働く武石紗和子さんと小池梢さんに、暮らしの中に香りのデザインを取り入れるヒントを伺いました。
「たくさんの人々が行き交う空間の香りを演出することが、私たちの仕事です」と語る、センティングデザイナーのお二人。香りのデザインのプロフェッショナルである小池さんと武石さんは、ホテルやショップ、ショールーム、ギャラリー、オフィスなど、クライアントとなる企業の空間のイメージやスタイルに合わせた、オリジナルの香りづくりを日々実践しています。
アロマ空間デザインの事業の創設期から@aromaに所属しているという小池さんは、現在はセンティングデザイナーとしての仕事のほかに、アロマオイルの原料となる素材の調達を担当しています。「アロマ空間デザイン」という独自の事業を切り拓いてきた同社での経験を通して、天然の香りの原料に関する知見を深めてきました。
センティングデザイナーとして10年ほどのキャリアを持つ武石さんが香りのデザインの世界に出会ったのは、同社が実施していたアロマ空間デザインの講座に生徒として参加したことがきっかけだったそうです。アロマ空間デザインの基本を学んでいくうちに、香りの世界の奥深さを感じるようになったといいます。
「アロマセラピーでは、マッサージやトリートメントといったパーソナルなシーンで使うことがメインですが、アロマ空間デザインのおもしろさは、その場所に訪れるさまざまな方に影響を与えることができるところだと思います」
アロマ空間デザインでは、200種類ほどのアロマオイルをブレンドしながら、企業のブランドやサービスのイメージを香りで表現していきます。目に見えず、手で触れられない香りのデザインを実践するためには、クライアントとの対話が欠かせないと武石さんは語ります。
「クライアントの意見をうかがいつつ、自分なりに考えた香りが実際に空間に広がり、お客様が喜んでいただけた時にやりがいを感じますね。香りによって空間自体のイメージが生き生きと変わる瞬間にこそ、この仕事の醍醐味があると思います」
空間の中に香りを取り入れることは、アロマオイルの持つ機能性への注目の高まりとともに広がってきた経緯があります。植物から抽出された天然香料には、科学的に効果が実証された機能を持つ種類もあり、アロマに関心が集まる大きな理由のひとつになりました。現在にいたるまでの香りのデザインの変遷について、小池さんが解説します。
「当初は医療施設や介護施設を中心に、抗菌や抗ウイルス、リラックスなどの機能を持つアロマオイルの活用が注目されるようになってきました。それから徐々に空間にオリジナリティを与える香りのデザイン性が注目されるようになり、現在はブランディングの一環として香りを取り入れる企業が増えてきています」
香りが持つ機能性は、ここ数年間のコロナ禍の影響で、さらに多くの関心が寄せられるようになりました。なかでも、抗菌・抗ウイルス機能を持つユーカリやティートリーなどのアロマがブレンドされたオイルは、研究機関によって空気中のウイルスや菌を除去する機能が実証されているため、さまざまな空間やご自宅への活用場面も増えているそうです。
現在、@aromaの直営ストアに訪れる方からの要望でもっとも多いのは、眠りをサポートするための香りだと武石さんはいいます。忙しく過ごす日々の中で、眠れない夜に悩む方の解決策のひとつとして、アロマを取り入れる選択肢が広がりつつあるようです。
「いろんなもの試してもなかなか眠れないという方の中には、サプリメントのようにアロマオイルを使いはじめる方もいらっしゃいます。安眠効果が期待できるラベンダーやカモミールのほか、ヒノキやホーウッドといった落ち着きのある木質系の香りがおすすめです。それでもなかなか眠りにつけないという方には、ユーカリやペパーミントといった、頭がクールダウンされるすっきりした香りがブレンドされたオイルもおすすめしています」
アロマ空間デザインでは、機能ごとにアロマオイルを選ぶだけではなく、空間の中での過ごし方を思い浮かべながら香りを選んでいきます。入眠前の時間を過ごすベッドルームにラベンダーの香りを取り入れるように、具体的な「シーン」を思い浮かべながらアロマオイルを選択することが、暮らしの中で香りのデザインを実践する上で大切な視点なのだそうです。
「たとえば、気持ちを明るく元気にしてくれるベルガモットの香りを、毎日朝出かける前の玄関のシーンに取り入れると、より効果が実感できると思います。アロマ空間デザインというと難しく感じられるかもしれませんが、お部屋にお花を飾ることや、模様替えと同じように、アロマによってお部屋の印象や過ごし方を変えることができるんです」
@aromaの直営ストアでは、自分だけのオリジナルアロマが制作できる「アロマオイルブレンダー」サービスを提供しています。まずは市販のアロマブレンドやアロマオイルを選ぶことがアロマ空間デザインの第一歩になりますが、さらに好みのオイルをブレンドすることで生まれる香りの変化にこそ、センティングデザインの醍醐味があると武石さんは話します。
「ストアに訪れた方には、まずはブレンドすることで生まれる香りの違いを感じてもらうようにしています。シングルオイルだと苦手な香りでも、ブレンドすることで大きく印象が変わるので、混ぜ合わせた時の変化を感じていただきたいですね。ご自宅でブレンドされる際には、まずは普段お使いのお好みのオイルをベースに、いくつかの香りを少しずつ追加してみるのがいいと思います」
とはいえ、たくさんの種類のオイルの中から適切な組み合わせを選ぶとなると、それなりのハードルがありそうです。コツはあるのでしょうか。
「天然の香りは、どれも自然素材から抽出したものなので、どのような種類の組み合わせでも基本的には問題ありません。ただ、印象の強い香りばかりを混ぜてしまうと鼻が疲れてしまうこともあると思います。たとえばカモミールやイランイランといった強いお花の香りを使う場合は、優しい柑橘系の香りを混ぜてみるなど、香りの強弱のバランスを意識されるといいかもしれません」
自宅でアロマを使う際には、アロマディフューザーやアロマストーンなど、さまざまな道具を用いますが、自分なりのブレンドをはじめるにあたっては、特別なものを新たに用意する必要はありません。身近なものから実践できるヒントを、小池さんにお話いただきました。
「たとえば、ティッシュにアロマオイルを垂らして枕元に置いて寝るなど、そういったことからでもアロマ空間デザインをはじめることはできます。夏場には、体感温度を下げる効果のあるペパーミントと柑橘系の爽やかなオイルをティッシュに垂らして、サーキュレーターで香りを広げると、エアコンの温度を下げるよりも効果が得られると思います」
@aromaが販売するアロマオイルは、花や果実といった100%の自然素材から抽出されていることが大きな特徴です。合成香料などを使用したアロマオイルと比べて、柔らかな香りが広がるという天然香料には、自然ならではの「複雑さ」があると武石さんはいいます。
「天然のオイルは、自然界にある香りと同じなので、普段私たちがセンティングデザインを行うスタジオの中も、決して香りが強いということはなく、森の中のように色々な香りが混ざり合うように広がっています。香りの複雑さと柔らかさを楽しむことができるのが天然素材の魅力なので、お部屋に取り入れれば、自然の恵みを感じながら暮らすことにつながると思います」
@aromaが展開している移動式蒸留トラック「モバイルアロマラボ」の取り組みでは、アロマオイルの蒸留機を搭載したトラックが日本全国の香りの産地に赴き、精油の蒸留を実演するイベントやワークショップを行なっています。その年に収穫された柚子といった旬の素材から抽出したオイルを限定販売することもあるそうです。農作物やワインのように、産地によって生じる違いを楽しむ魅力を小池さんが語ります。
「原料となる素材の立地や太陽の浴び方によって香りは変化しますし、冷夏などの影響も受けるので、自然由来の香りには、工業製品にはない不均一さがあります。香りが抽出されるまでのストーリーを伝えていくことも、私たちが大切にしたいことのひとつです」
自然の素材から蒸留されたさまざまなアロマオイルを選ぶことは、室内にいながら世界中の「自然」を取り入れて暮らすことにつながりそうです。最後に、アロマ空間デザインの魅力を伝えていくことへの想いを、小池さんにお話いただきました。
「たとえば、春にフローラル系の香りを取り入れたり、秋には金木犀のアロマをお部屋でも使ってみたりと、季節に合わせた旬のアロマを選ぶことは、四季の移ろいが感じられる日本だからこそできるアロマ空間デザインだと思います。これからも、香りを感じながら暮らすことの魅力をより多くの方々に伝えていきたいです」
天然由来のアロマオイルを通して、部屋の中に「自然」を取り入れることができるアロマ空間デザイン。まずは四季の移ろいの中にある香りの変化を意識することも、香りのデザインの視点から豊かに暮らすきっかけになるかもしれません。