2023年の12月、オフィス・賃貸マンション・分譲マンションの3棟からなる複合型のまちづくりプロジェクト「MEGURO MARC」が品川区西五反田にてオープンしました。株式会社JR東日本ビルディングと株式会社ジェイアール東日本都市開発、そして野村不動産の3社による共同開発としてスタートしたこのプロジェクトでは、目黒と五反田の中間に位置するこの場所ならではの風土を醸成していくことを目指し、エリアマネジメントを通じてさまざまな活動がおこなわれています。野村不動産の長谷部尚子さんと菊池恭平さんに、新しいまちづくりのあり方の実践として取り組む本プロジェクトの背景と今後について伺いました。
野村不動産は、住宅などの建設によるハードとしてのまちづくりだけではなく、個人や団体、学校や企業など多種多様な方々と連携しながら、ソフトとしてのまちづくりを実践していくための「BE UNITED構想」を2018年に発表しました。この構想を実現するべくスタートした「Be ACTO」は、現在それぞれプラウドに隣接する「Be ACTO 日吉」と「Be ACTO 亀戸」にて実践されており、MEGURO MARCはこれらに続く第3弾のプロジェクトとしてスタートした背景があります。(現在は第4弾としてBe ACTO武蔵浦和も開業済)
BE UNITED構想では、これからのまちづくりにおける重要なキーワードとして「シビックプライド」を掲げています。自分自身が暮らすまちに対して誇りを持ち、その一員としての自覚を持つことを意味するこの言葉は、MEGURO MARCのプロジェクトに関わるメンバー間でも度々議論がおこなわれたようです。目黒と五反田の中間に位置するこの場所のエリアマネジメントにおいて、どのようにシビックプライドを育んでいけばいいのか、長谷部さんが語ります。
「目黒と五反田のまちに愛着を持っている方は、それぞれすでにいらっしゃるはずなので、私たちはその方々が持っているシビックプライドの種が、この場所をきっかけに芽吹いていくような、そんな役割を果たすべきではないかと考えたんです。このプロジェクトを通して新しいシビックプライドをつくるというよりも、このまちに暮らしたいと思える方々が増えていくような、素敵な街にしていくための活動をしていければと思っています」
目黒と五反田はすでにまちを盛り上げるための活動が盛んなエリアであり、MEGURO MARCのオープンに際しては、地域の方々とのつながりをつくるためのコミュニケーションを重ねていきました。目黒の地域住民によって運営されている一般社団法人めぐもり(めぐろを盛り上げよう、の意)をはじめ、MEGURO MARCの周辺でまちの活性化に取り組んでいる方々を巻き込みながら、ともにシビックプライドを育むための関係性をつくっています。「MEGURO MARCの居住者や利用者だけではなく、周辺の方々にも参加いただけるイベントを企画することで、この場所であらたな協業が生まれるきっかけをつくっていきたいと考えています」と長谷部さんは話します。
MEGURO MARCの特徴の一つに、その土地の豊かな生態系を守るための認証制度である「ABINC」を取得していることがあります。ABINC認証の取得には、植物はもちろん、虫や鳥などの生き物にとっても過ごしやすい環境を維持するための細かなチェックリストを満たす必要があります。MEGURO MARCは3棟の建物の開発時に認証の規定を満たすことができるように設計され、豊かな生態系が維持管理されています。
ABINCの取得は、居住者およびテナントを募集する際のアピールポイントになることはもちろんですが、認証制度自体は3年に1度の更新が求められます。エリアマネジメントとして取り組む本プロジェクトでは、ABINCの更新を前提とした運営体制を組むことで、街区全体の特徴として緑が維持されていくことを目指していると長谷部さんが解説します。
「私たちのような開発事業者が、ABINCのような認証を取ることはよくありますが、取得後の更新と維持のための運営体制を整えている例は珍しいかもしれません。ABINC認証の更新には、植栽の管理だけではなく、住民やテナントの方々にも環境について深くご理解いただくことが大事だという考え方もあり、植物について学ぶことができるワークショップなどの活動をおこなうことも条件のうちに含まれる場合があります。生態系の豊かさに魅力を感じながら暮らす方々はとても豊かな感性をお持ちだと思うので、今後は植栽の剪定のタイミングで希望者の方にお裾分けや、緑と一緒に暮らすことを意識できるイベントやレクチャーなどができる管理体制を実践していくための議論を進めているところです」
MEGURO MARCには3棟の建物のほかにも、エリアマネジメントの活動拠点として、メンバーシップに登録することで利用できるレンタルスペースとシェアラウンジがあり、読書や仕事、休憩のほかに、さまざまなアクティビティがおこなわれています。共有エリアの空間デザインは、DOMINO ARCHITECTSを主宰する建築家の大野友資さんが手がけました。一つひとつにこだわり抜く、大野さんの設計にかける姿勢はとりわけ印象的だったと長谷部さんが振り返ります。
「大野さんは常に決め打ちをせず、複数案を検討した上で、完璧につくり込んだ3Dパースを実際の空間として正確に実現するための細かな微調整を何度も繰り返されていました。STUDIO内のカーテンに関しても、テキスタイルデザイナーの久米希実さんと素材の検討を重ね、『これしかない』という布を選ばれていて、すべてのプロセスで妥協を許さない徹底したものづくりの姿勢が印象的でしたね。こうやって建築家はものをつくっていくんだなと、間近でそのプロセスを見させていただいたような気がします」
さらに、大野さんが手がけた共用部内のサインデザインやWebサイト、各種印刷物などのグラフィックデザインを、アートディレクターの田部井美奈さんが担当しました。ロゴマークはもちろん、MEGURO MARCのオリジナルフォントもデザインされており、イベントやコミュニティに関する活発な情報発信においても、統一感のある世界観が維持されています。「こういったデザインルールがあることで、MEGURO MARC独自の雰囲気を生み出すことができていますし、魅力的な空間をみんなで維持していこうという機運が生まれていると思います」と長谷部さん。
共用部周辺には、フラワーショップ・アートギャラリー・ワインショップ・コーヒースタンドの4つの店舗が入居しています。MEGURO MARCではこれらの店舗を「コアパートナー」と位置づけ、日々の営業だけではなく、毎月第1土曜日に開催されているマルシェなど、さまざまなイベント開催時に連携することで、コミュニティを育んでいく活動にともに取り組んでいます。お店のセレクトの背景について菊池さんが解説します。
「コーヒーやお酒、アート、お花のお店がエリア内にあれば、ここで過ごす方々の日常に彩りを加えられるのではないかと考えました。コアパートナーにはMEGURO MARCの考え方に共感していただいており、コミュニティを醸成するための活動にも積極的に協力していただける方々に入居いただいています」
これらのコアパートナーは募集ではなく、直接の依頼によって入居が決定しました。依頼にあたり、長谷部さんはプロジェクトにかける並々ならぬ想いをコアパートナーの方々に伝えたそうです。
「共用部の空間が完成し、コアパートナーの決定はプロジェクトの最後の局面だったので、それぞれの店舗に方々に依頼する際にはかなり緊張しましたね。この場所を一緒につくりあげていただきたいという思いをお伝えするために何度も会話を重ねたことで、ご入居いただくことができました。パートナーの方々には、店舗の営業のほかにも、共用部を活用したワークショップやイベントなどを通して活動の幅を広げていってほしいですし、このまちで暮らす方々にとって親しみのある存在になっていってほしいと思っています」
「生活の動線上でさまざまなイベントが開催されているこの場所について、居住者と利用者の方からはとてもいい反響をいただいています」と菊池さん。一年間の活動を経て、徐々に手応えを感じはじめているそうです。
「何気なくふらっとイベントに立ち寄ることに価値を見出していただいているようですね。毎月開催しているマルシェのイベントにご家族で参加された方々が、ガーデンのテーブルでご飯を食べている風景がよく見られるようになりました」
また、MEGURO MARCではマンションの居住者だけではなく、オフィスの入居者が利用していることも特徴です。さまざまなイベントが開催されていることで、オフィスで働く方々にとっての新しい過ごし方が生まれてきていると長谷部さんはいいます。
「オフィスで働いている方々にとっては、イベントに参加することで、職場の方々との新しい接点が生まれるきっかけになっていると思います。職場の飲み会や集まりとはまた違う、上司や同僚と気軽に話せる場として活用いただいていますね。今後も様々な方々が訪れやすい雰囲気づくりに力を入れていきたいと思っています。
最後に、このプロジェクトの今後の展望についてそれぞれお話しいただきました。菊池さんは、この仕事ならではのやりがいを振り返りながら、この場所に賑わいを生んでいくことへの想いを語ります。
「イベントに参加されている方々や、運営にご協力いただいている方々の表情を見れば、数字には表れない成果を感じることができるのが、この仕事のやりがいだと思います。オープンから1年が経ち、当初よりも植栽が成長してさらに緑が豊かになってきているのを感じています。広場やスタジオで開催されるイベントの種類も増え、賑わいが生まれていると思うので、居住者の方はもちろん、オフィスの方々にも帰り道に寄ってもらえるように、この場所の良さを周辺の方々に対しても伝えていきたいと思っています」
「MEGURO MARCの開発はすでに完了していますが、私たちが思い描く理想の街の姿にはまだ至っていません。もし完成を迎えたとしたら、改めて面白いプロジェクトをやり遂げたなと感じることができる気がします」と、本プロジェクトの今後への期待を長谷部さんは語ります。最後に、野村不動産としても新しい挑戦であるこの試みにかける意気込みをお話しいただきました。
「MEGURO MARCのプロジェクトは、デベロッパーとして新しい試みだと思いますが、今後は私たちのような民間企業が取り組んでいくべきなのではないかと、この活動を通して感じるようになりました。我々がリーダーシップを発揮して行政と連携することで、新しいまちづくりのあり方を提案していけるのではないかと思います。今後もこのプロジェクトを通して、多様な暮らし方や働き方が交わる場所としての価値を生み出していきたいですね」
10年後、20年後に、MEGURO MARCを中心とするまちの風景はどのように変化していくのでしょうか。プロジェクトの今後に期待が膨らみます。