LIFESTYLE「エシカルライフを考える」第2話
未来を変えるために、伝統を守るために、選択を続ける
March 28, 2023

画像提供:Spiber株式会社

エシカルディレクターの早坂奈緒さんが、世の中のエシカル※な事例を取材していく連載企画「エシカルライフを考える」。今回は、山形県鶴岡市を訪れました。
同市の特徴の一つに挙げられるのが「鶴岡サイエンスパーク」の存在です。美しい水田と共存するようにつくられたこの場所では、行政、大学、民間企業が力を合わせ、ときには市民を巻き込みながら、最先端のバイオテクノロジー研究を実施。世界が注目するバイオベンチャーが次々と誕生しています。また、豊かな自然に恵まれ、多様な食文化が受け継がれてきたことから、日本で初めて「ユネスコ食文化創造都市」にも選ばれています。未来を見据える人や伝統を守り続ける人が、日々どんな想いを持って活動しているのか。そこに触れることで、エシカルな生き方のヒントを探っていきます。

※人や社会、地球環境に配慮した考え方や行動を大切にしようという概念

早坂奈緒Hayasaka Nao
エシカルディレクター。エシカル商品を取り扱う「エシカルコンビニ」の運営に携わりながら、エシカル関連の展示やイベントのディレクター・キュレーターとしても活躍中。
関山和秀Sekiyama kazuki
Spiber(スパイバー)株式会社 取締役兼代表執行役。学生時代にクモ糸の可能性に着目し、起業を果たす。現在は植物由来の糖を原料とした微生物発酵により生み出される新たなタンパク質素材の開発を通じて、社会課題の解決に取り組んでいる。
齋藤亮一Saito Ryoichi
日本料理屋「庄内ざっこ」で料理人を務める3兄弟の長男。山形県が認定する「庄内浜文化伝道師」として、食育の大切さや魚食文化を伝えるための料理教室や講演を開いている。
齋藤修平Saito Shuhei
調理専門学校を卒業後、岡山や大阪で料理人として修行を重ね、鶴岡に帰郷。3兄弟の次男であり、「庄内ざっこ」の中核を担っている。
齋藤翔太Saito Shoto
3兄弟の三男。「庄内ざっこ」の料理人を務める傍ら、生産者や料理人が主体となって食文化を伝える団体「サスティナ鶴岡」の代表としても活動中。

アパレルや化粧品にも採用されている
タンパク質素材で、環境問題にアプローチ。

初めに訪れたのは、鶴岡サイエンスパーク発のバイオベンチャー企業であるSpiber株式会社。2013年に人工合成クモ糸素材「QMONOS」の開発に成功し、注目を集めた企業です。

「会社自体は2007年に立ち上げました。当時はまだ鶴岡サイエンスパークの中にある『慶應義塾大学先端生命科学研究所(以下、先端研)』に在籍している大学生で、さまざまな研究に触れる中でクモ糸の可能性に気づき、学生仲間と起業したんです」

会社設立の背景を教えてくれたのは、同社で取締役兼代表執行役を務める関山さん。クモの糸は、鋼鉄や炭素と比較しても非常に強靭な繊維であることから、人工クモ糸の開発に成功したという話は、社会に大きなインパクトを与えました。そして現在、人工クモ糸をさらに進化させた「ブリュード・プロテイン」というタンパク質素材の開発を手がけています。

「ブリュード・プロテインは、現在どのような製品に採用されているんでしょうか」

早坂さんの問いに、関山さんは「これまでに国内外の有名ブランドからアパレル製品が発売されています。2023年は数多くの商品が発売される予定です。また最近ではマスカラの素材としても採用されています」と答えます。さらに、タンパク質素材ならではの価値についても話してくれました。

「衣服やマスカラの中には、ナイロンやポリエステルといった化学繊維が用いられているものがありますが、その主原料である石油はやがて枯渇すると言われています。また、石油の使用は地球温暖化にもつながります。だからこそ、代替素材として植物由来のバイオマスを原料としたブリュード・プロテインが普及すれば、この地球規模の問題解決に貢献できるのではないか。そう信じながら、日々の業務に取り組んでいるところです」

ブリュード・プロテインが使用されているフーディ(左:画像提供 PANGAIA)とマスカラ(右:画像提供 資生堂)

「すでに私たちの暮らしの身近なところで採用されているんですね。石油に依存しない原料にこだわった商品を購入することは誰にでも始めやすいエシカルなアクションだと感じますし、商品のラインナップが増えれば選びやすくもなりそうですね」と話す早坂さんに、関山さんも「多くの人に使っていただけるよう、普及に努めていきたいですね」と力を込めます。

自分の大切なことを知ると、
良い選択ができる。

「エシカルを考える際、環境や社会への配慮はとても重要だと捉えています。Spiberはまさにエシカルな事業を推進されていると感じているのですが、そこに至るまでにはどのような経緯があったんでしょうか?」

早坂さんからの質問を受け、関山さんは自身の想いを語り始めます。

「もともと社会課題にアプローチしたいという気持ちは抱いていました。とはいえ、いきなり大きなことに取り組もうとしたわけではありません。最初は『自分がより良く生きるとはどういうことか』をいうことを考え始め、あるときに『自分が属するコミュニティの人たちが幸せであること』という答えに辿り着いたんです」

家族や友人、地域や国、さらには人類さえも自分が属するコミュニティだと考えたときに、「一番大きなコミュニティに貢献することが、自分を含む多くの人の幸せな暮らしをかなえる最も合理的な方法ではないか」と考えるようになったと続ける関山さん。そこから、社会や地球規模の大きな課題を解決するために何ができるかを模索しながら、中学・高校時代を過ごしたと言います。

「そして高校3年のときに、私の恩師であり、生命科学の第一人者である冨田勝教授と出会いました。鶴岡市に先端研ができるという話を聞き、自分の夢を実現するために最適な環境だと確信して、迷わず飛び込みましたね」

関山さんは「社会課題の解決につながるのであれば、事業の内容にこだわりはなかったですね」と続けます。そのため在学中はさまざまな研究テーマに触れ、自らアイデアを考え続け、ようやくクモ糸と出会ったのだそうです。

「関山さんの想いや行動の一つひとつが、現在のエシカルな事業と強く結びついているんですね」と感心する早坂さん。そして「関山さんにとって、エシカルとはなんでしょうか」と問いかけます。関山さんは「難しい質問ですね」としばらく逡巡した後に、自身の考えを話してくれました。

「私にとってエシカルとは、『選択すること』だと思っています。自分にとって何が大切なのかを常に考え、さまざまな選択肢の中から最善のものを選ぶ。私の場合は『コミュニティの幸せ』という判断軸があるので、数あるアイデアの中から今の事業を選ぶことができました。もちろん事業の話だけではなく、何を買うか、どんな料理を食べるかなど、日常生活においても自身が納得できる選択をすることが重要なのではないでしょうか」

最後に「良い選択ができる人が増えれば、それだけ社会や人類全体が幸福に近づいていけると信じています」と関山さんは話してくれました。自分にとって大切なことと向き合い、未来に向けて選択を続ける彼の挑戦は、まだ始まったばかりです。

食文化を守り、未来に継承していくために。

次に訪れたのは、日本料理屋「庄内ざっこ」。地産の旬の食材を活かした料理を提供し、地元の方はもちろん観光客も足を運ぶ名店です。その厨房で腕を振う、齋藤 亮一さん、修平さん、翔太さんの3兄弟に話を聞くことができました。

「鶴岡市は広大な庄内平野が広がっていて、山の幸や海の幸にも恵まれた地域です。また、羽黒山・月山・湯殿山からなる出羽三山は山岳信仰と深く結びついており、修験者に向けた精進料理が生まれるなど、独自の食文化も数多く継承されています」

長男の亮一さんが、古くから庄内エリアに伝わってきた食文化の特徴を教えてくれました。その言葉を受けて、次男の修平さんが「庄内ざっこでも、月ごとの旬の食材を活用した郷土料理を提供しています」と続けます。

庄内地方の冬の郷土料理「寒鱈汁」。寒鱈の頭から尻尾まで、余すことなく使うのが特徴。

豊かな食材に恵まれ、独自の食文化が受け継がれてきた鶴岡市は、2014年に国内ではじめて「ユネスコ食文化創造都市」に選ばれました。3人は料理人として四季折々の郷土料理をつくる一方で、食文化を継承するためにさまざまな活動にも取り組んでいると言います。三男の翔太さんは数年前に、料理人や生産者と共に「サスティナ鶴岡」という団体を設立。地域の子どもたちやその親に向けて、農業や漁業、調理指導など、さまざまな食育体験を提供しています。取材当日は寒鱈汁の料理教室が開かれ、多くの家族が参加していました。

早坂さんは3兄弟の取り組みに対して「とてもエシカルなことですね」と、思わず笑顔になります。

「エシカルという概念の中では、地産地消や伝統の継承など、地域に配慮した行動は重要なポイントとして位置付けられています。お三方の姿勢や行動は、まさにエシカルだと感じました。それに地域の人たちも、みなさんと活動を共にする中で、自然とエシカルについて学べているのではないでしょうか」

地域の現実に目を向け、
できることから取り組んでいく。

しかし、環境の変化によって、大切に受け継がれてきた食文化にも危機も訪れていると亮一さんは言います。

「『ざっこ』は『魚』という意味なのですが、その魚が次第に捕れなくなってきています。漁師の高齢化や後継者不足も原因の一つですが、海洋汚染による魚の奇形化が始まっているのも重大な問題です。庄内の豊かな海を守るために何ができるか、常に頭を悩ませています。こうした環境の現実を発信することも、料理人として果たすべき使命ではないかと最近は考えています」

こうした大きな問題は、一人の力で解決することはできません。「だからこそ、郷土料理の提供や食育活動を通じて、食や自然の大切さを伝えているんですね」という早坂さんの言葉に3名は頷きます。

「最後に、みなさんにとって『エシカルとは何か』を教えてもらえますか」

早坂さんの質問に、まず修平さんが答えます。

「やはり地産地消ですね。地元でとれる食材や、地域で働く生産者の方に眼を向ける。そして感謝をする。当たり前のことかもしれませんが、とても大切なことだと思っています。ただ、すべてを地産のもので補うのは簡単ではありません。そこは無理をしすぎず、できることからやっていくことが重要ではないでしょうか」

修平さんの意見に、翔太さんも同意します。そのうえで、「不自由を経験すること」の重要性について話してくれました。

「今はとても便利な世の中です。魚は捌いてあるものが手に入りますし、火もスイッチを押すだけで起こすことができます。ただ、あらゆるものが簡単に手に入るようになった結果、そのありがたさを感じにくくなっている気がします。サスティナ鶴岡の活動で、子どもたちに魚の調理方法を教えたり、火起こしを体験させたりしているのは、当たり前に存在するもののありがたさを実感してもらいたいから。あえて不自由な経験をしてみることも、エシカルを考えるきっかけになるのではないでしょうか」

そして亮一さんは、偶然にもSpiberの関山さんと同じく「選択すること」だと答えてくれました。

「どんな選択をするのが、自分や地域にとって最善なのか。それを最終的に決めるのは自分自身です。私の場合、食文化を守るために活動するというのがエシカルな選択でした。ただ、無理をしているわけでも、特別なことをしている意識もありません。当たり前のことを選択し、当たり前に取り組んでいく。それがエシカルなのだと思います」

地域の資源を見つめ、伝統ある食文化を守るために活動を続ける3兄弟。そこには、エシカルな生き方を考えるためのヒントがたくさんありました。