LIFESTYLE「ウェルビーイングをめぐる旅」第2話
自己と向き合う先に生まれる、豊かなつながり
November 30, 2022

発酵活動家の田中菜月さんが各地を旅し、さまざまな人と交流を重ねながら、自分らしく生きていくためのヒントを見つける連載企画「ウェルビーイングをめぐる旅」。第2話となる今回は、京都にある建仁寺(けんにんじ)の両足院(りょうそくいん)を訪れました。両足院では、2022年4月から9月までの期間、スポーツクラブメガロスとの共同開発によって生まれた独自のオンラインプログラム「マインドフル瞑想&庭園散歩」を実施。全国各地で暮らす人々に自己と向き合う時間を届けてきました。このプログラムを共同で開発したのが、両足院で副住職を務める伊藤東凌氏と、野村不動産ライフ&スポーツ営業推進部の佐藤智恵子氏。日頃から「その人らしいあり方」について考える機会の多いお二人と、菜月さんの3名で、ウェルビーイングについて語り合いました。

田中菜月Tanaka Natsuki
発酵活動家、Well-Traveling YouTuber。料理教室やオンラインサロンの運営を通じて、発酵文化を楽しく、美しく、面白く発信中。著書に「ゆるくて幸せな発酵生活」がある。
伊藤東凌(いとうとうりょう)Ito Toryo
建仁寺の塔頭(たっちゅう)寺院である両足院の副住職。世界の国や企業に向けて坐禅の指導やセミナーを実施。瞑想ルームの監修や禅アプリの開発など、幅広い分野で活躍中。
佐藤智恵子Sato Chieko
野村不動産ライフ&スポーツ営業推進部所属。上級マネージャーとして、スポーツクラブ「メガロス」のブランドPRを担当。女性専用フィットネススタジオ「メガロスルフレ」の開発に携わる。

不安やストレスの多い時代。
心身のゆるまる時間を届けるために。

2022年4月から月に一度、両足院を舞台に開催されていたオンラインプログラム「マインドフル瞑想&庭園散歩」。「今この瞬間」に意識を向けることで、ストレス軽減や集中力向上を促進するといわれる「マインドフルネス」の要素を取り入れたプログラムです。伊藤氏が、瞑想の指導や講話を両足院からライブ配信することで、参加者は全国のどこにいてもマインドフル瞑想を体験することができます。

「伊藤さんの言葉に耳を傾けているうちに、すごくリラックスして、どんどん自分の奥深くまで没入していくことができました。自分の中に眠っていた感覚とつながる、そんな時間だったと感じます」

今回、現地にてプログラムを体験した菜月さんの感想を聞き、伊藤氏の顔も思わずほころびます。

「ありがとうございます。瞑想中に私から問いかける言葉は、季節や時期に合わせて、参加者の感覚や心の動きにフィットする言葉を選ぶように心がけています」

続けて伊藤氏は、「今の時代、不安やストレスを抱えている方は多いと思います。だから、月に1回でも心身がゆるまる時間を提供したい。そんな想いからこのプログラムはスタートしました」とプログラム開発にあたった理由についても教えてくれました。その言葉を受けて、佐藤氏がプログラム完成までの過程を振り返ります。

「当初は『マインドフル瞑想』だけでプログラムを構成する予定でした。しかし打ち合わせを重ねる中で、伊藤さんから『両足院の庭を見て季節の移り変わりも楽しんでもらえたら』とご提案をいただき、『庭園散歩』も一体となったプログラムが完成したのです。」

「庭園散歩」の時間では、伊藤氏が両足院の中を歩きながら、院内の様子やその時節ならではの風景を解説していきます。たとえオンラインだとしても、季節の移り変わりを繊細に感じることで、日常の中に感性を取り戻してもらいたい。そうした心が潤うような体験を届けたかったのだと、伊藤氏と佐藤氏は口を揃えます。

体や心と向き合う中で、
新たな道が拓けた。

「伊藤さんも佐藤さんも、これまでの人生や現在の役割を通じて、たくさんの方の心や体と向き合ってこられたのではないかと思います。心身の健康について意識し始めたきっかけはあったのでしょうか?」

菜月さんの質問に、二人はしばらく思考を巡らせます。やがて佐藤氏が、自身のきっかけについて語り始めました。

「女性は妊娠や出産を経て、体に変化が生じます。私自身、そうした変化を感じたときに、どう対処すればいいのかわからず、戸惑っていた時期がありました。その経験が大きかったかもしれません」

佐藤氏は自身の経験を踏まえて、メガロスで女性専用の「メガロスルフレ」を立ち上げたと言います。そのときに意識したのが「運動を通じた『体の調整』だけではなく、『心の調整』も取り入れることだった」と続けます。

「そうして誕生したのが、メガロス独自のマインドフル瞑想でした。このプログラムをつくったことがきっかけで、伊藤さんともつながることができたので、不思議な縁を感じています」

佐藤氏の言葉に、伊藤氏は感慨深い表情で頷きます。そして、伊藤氏も自身の原体験を振り返っていきます。

「私は寺の後継ぎとして生まれ、住職になるために修行道場に通っていたのですが、最初の頃はまったく体がついていきませんでした。肉体労働がきつく、座禅も組めない。そんな日々を重ねるなかで、必要なのは単純な体力ではなく『体の柔軟性』だと理解し、現在で坐禅について発信や指導をする際はヨガを組み合わせるといった工夫を盛り込んでいます。しなやかな体にこそ、さまざまな事柄に対処できる『心の強さ』が身につくのだと信じています」

「わたし」という軸があるから、
「わたしたち」へと発展できる。

「お二人の話には、すでにウェルビーイングに生きるためのヒントがたくさん含まれているように感じます。ここからは『わたしたちのウェルビーイングカード』を使って、お二人の考えをより深くお聞かせいただきたいです」

そう言って菜月さんはカードを並べ、「伊藤さんと佐藤さんにとって大切な言葉を3つ選んでください」と二人に問いかけます。

一枚一枚に書かれた言葉を興味深く眺める二人。悩みながらも、やがて一枚ずつカードを選び取っていきます。
佐藤氏が選んだのは「自己への気付き」「共創」「祝福」の3枚でした。

「私は3枚を選ぶと聞いたとき、その3枚が1つにつながるという視点で考えました。まずは『自己への気付き』。自分を見つめ直すことができて、心に余裕が生まれると、周囲の人たちの価値観を受け入れることができるようになると思います。すると誰かと『共創』することができる。そして、みんなで『共創』するからこそ『祝福』が生まれる。これが、今の私が大切にしている流れになります。」

「佐藤さんの言葉から、すごく優しい流れを感じました」と感心する伊藤氏と菜月さん。伊藤氏は続けて、「私はウェルビーイングを『ご機嫌の連鎖』と考えています。自分がご機嫌であれば、周りにもご機嫌をプレゼントできる。だから佐藤さんの話には深く共感することができました。」と話します。
伊藤氏は、「成長」「信頼」「自然とのつながり」の3枚を選びとりました。

「『成長』は、自分自身の人生の軸に置いている言葉だからです。『成長』が中心にあると、たとえネガティブな出来事であっても『学び』であると捉えることができます。ずっと自己成長を続けていきたいという意欲が、私のウェルビーイングの根幹だと思っています。次に選んだ『信頼』は、『成長』とも密接に関わっていると感じた言葉です。生きている限り、うまくいかない瞬間や、不当な評価を下されてしまうことはあります。そうしたときに、自信を失ってしまうかもしれません。でも、自分自身が『成長』していくのだという『信頼』は無くしてはいけない。自己への信頼があるからこそ、他者への信頼が生まれて、本当の信頼関係を結ぶことができる。とても健全な状態でいられるようになる。そんな想いから『信頼』を選びました。」

「そして『自然とのつながり』。人間はもともと自然の一部ですが、都市部で生活していると、どうしてもその感覚を失ってしまいます。それを取り戻すことが、ウェルビーイングの実現には重要だと考えています。本日の瞑想の中でもお話ししましたが、自分を狭めてしまうのではなく、この庭の風景や動物の鳴き声も『自分自身』だと広い視点で捉えてみる。自己の外側に余白があれば、多少つまづいたとしても、前を向くことができるのではないかと思っています。『自然とのつながり』は、さまざまな気づきやエネルギーを与えてくれるものなのです。」

二人の話を聞いて、菜月さんは自分自身のつながりや関係性について見つめ直します。

「私は発酵活動を通じてさまざまな微生物とのつながりを感じますし、もっと広い視点で、自然や地球そのものとつながっている感覚もあります。今日のようにご縁があって人とつながる機会も、とても嬉しく感じています。お二人の話を伺って、ウェルビーイングは誰かや何かとの関係性の中にあるものだと、改めて強く感じました。」

ウェルビーイングの実現には、「わたしたち」という視点を意識することはとても重要です。しかし、まずは「わたし」と向き合う時間や姿勢も大切になる。そんな気づきが、今回の対談には含まれていたのではないでしょうか。