LIFESTYLE食品廃棄物との向き合い方が変わる。
不要なものを価値あるものに変える、
東京大学発のベンチャー企業の挑戦。
April 9, 2024

生活をする中で、どうしてもゴミは発生するものです。特に日本国内における食品廃棄物の量は、2021年度で約523万トンにまで膨れ上がっています。不要になってしまったものとはいえ、ゴミとして捨てることに抵抗を覚えている人もいるのではないでしょうか。こうした食品廃棄物の問題を解決するために、かつてない形でアプローチしているのが、東京大学発のベンチャー企業fabula(ファーブラ)です。ラテン語で「ストーリー」という意味を持つ同社が描くのは、ゴミが価値へと生まれ変わる世界。代表取締役CEOを務める町田紘太さんに、食品廃棄物との向き合い方や、事業を通じて実現したいことを伺いました。

町田 紘太 Kota Machida
fabula株式会社代表取締役CEO。2021年10月に、幼馴染3人で同社を設立。幼少期をオランダで過ごす中で環境問題に興味を持つ。食品廃棄物を活用した新素材の開発に成功し、さまざまな業界から注目を集めている。

素材の力で社会課題を解決したい。

東京大学発のベンチャー企業として2021年に誕生したfabula。食品廃棄物を活用した新素材を開発したことで脚光を浴び、現在はさまざまな業界・企業とのコラボレーションが進んでいます。「もともと環境問題をはじめとする社会課題を解決したいという想いは抱いていたんですが、素材に興味を持ち始めたのは東京大学の研究室に入ってからでした」と町田さんは学生時代を振り返ります。

「酒井先生という方が主催する研究室に入ったのですが、このゼミの研究内容がとてもユニークだったんです。コンクリートに関する研究がメインだったのですが、それと同時にコンクリートの代替素材の研究開発にも取り組んでいましたね」

コンクリートはその製造過程で多くのCO2を排出するため、環境負荷の高い素材とされています。また、「コンクリートの原料である砂が世界中で不足しているという深刻な事実もあるんです」と話す町田さん。現実問題として、インドネシアでは砂が取れなくなり、島がなくなっているのだと言います。

「コンクリートとして使える砂の種類は限られています。しかし砂の主成分であるシリカは、地球上のさまざまな場所にほぼ無尽蔵に存在しています。『ならばそれを砂の代替素材として活用できればいい』という発想で、研究が進んでいました」

こうした研究を通じて、素材を活用することの面白さに気づいたという町田さん。あるとき、「食品廃棄物も素材として活用できるのでは」と閃いたことが、後の起業につながっていきます。

「日常生活の中で食品廃棄物が発生してしまうのは、ごく自然なことです。しかし、それが溜まっていくことに少なからず罪悪感を覚えている方は多いのではないでしょうか。こうした課題を解決したいという発想から、食品廃棄物を使った新素材を開発しようと思ったのです」

不要になった存在を価値あるものに変えていく。

fabulaは現在、「ゴミから感動をつくる」というミッションを掲げて活動しています。「基本的には『ゴミを何か価値あるものに変える』ということを軸に事業を展開しています。現在は食品廃棄物を活用した事業がメインですが、これはあくまでも出発点。いずれは食品廃棄物だけにこだわらず、不要とされ廃棄されるさまざまなものを素材として再活用し、世の中に新しい価値を届けていきたいと考えています」と町田さんは力を込めます。

食品廃棄物の加工方法は、まず乾燥させた後に粉状にし、それを熱圧縮成型という方法で成型するのだと教えてくれました。こうした過程を経て生まれた新素材は建材として活用できるほど頑丈で、たとえば白菜を活用した素材はコンクリートの約4倍もの曲げ強度を誇るそうです。また、ほとんどすべての食品廃棄物を素材として活用でき、さらに一種類だけではなく複数の素材を混ぜ合わせてつくることもできると言います。

実際に白菜の外葉を熱圧縮成型している様子

「日々大量に生まれる食品廃棄物をどう処理し、社会に還元していくか。そのルートとして、まずは建材や雑貨をつくることを目指しました」

新素材から生まれたアイテムは、原材料本来のテクスチャーや香りなどが楽しめます。また、100%天然素材でつくられているため、一つとして同じものが存在しないのも特徴です。すでに短期利用という前提で仮設建物の建材として活用が始まり、内装材としての活用も期待されています。「たとえば飲食店で廃棄される食品を使って店舗のインテリアをつくったり、地域の特産物から生まれる廃棄物を使ってその地のホテルの内装にしたりという形で貢献できると考えています」と町田さんは展望を語ります。

また、身近なところでは、新素材から生まれたお皿やマグネットなどの雑貨を、受注生産という形で購入することができます。

fabulaが手掛ける雑貨。原材料の風合いが感じられるデザインとなっている。
カカオハスクを使用した素材でつくったお椀(手前)と、りんごの搾りかすから生まれたブロック(奥)。

「企業コラボレーションにも積極的に取り組んでいます。たとえば株式会社 明治様と協業した事例では、チョコレートの製造過程で取り除かれる『カカオハスク』という素材を使ってお椀をつくりました。飲料メーカーからは使用後の茶葉を使い、社内で使うコースターにしてお返しするという取り組みも実施しています」

どんな時代でも「いいもの」として使ってもらえる素材を。

町田さんはものづくりの哲学として「どんな時代でも選ばれる『いいもの』をつくる」ことを大切にしていると言います。

「『アップサイクル』や『リサイクル』に取り組むのは素晴らしいことです。しかし今の世の中は、アップサイクルという文脈にのせるだけで『いいもの』として扱われる風潮があるようにも感じています。環境問題への関心が高い今の時代においては、それで手に取ってもらえるかもしれません。しかし、本質的に『いいもの』でなければ、環境問題への関心が薄まったり、より優れた商品が誕生したりした瞬間に選ばれなくなると思っています。持続可能な商品として誕生したはずのものがどこにも流通しなくなってしまっては持続可能とは言えませんし、非常にもったいないことです。アップサイクルやリサイクルは、あくまでも手段であって目的ではありません。だからこそ私たちは食品廃棄物の素材化だけで満足せず、どんな時代でも『いいもの』として扱ってもらえるプロダクトをつくりたいと考えているんです」

町田さんが話す通り、fabulaのプロダクトは一点一点デザインにこだわっており、つい手に取ってみたくなる品質のものが並びます。日常使いするアイテムとして手元に置いておくことで、暮らしが豊かになるだけではなく、環境問題について考えるきっかけになるかもしれません。

捨てたゴミから価値が生まれている。
その事実を知るだけでも暮らしは明るくなる。

そんな町田さんに、日常生活においてもゴミを減らすための工夫をされているのか質問をしてみました。すると返ってきたのは「特別なことは何もしていないです」という答えでした。

「研究材料として使うために家庭で出た食品廃棄物は乾燥させて保管していますが、それ以外に特別なことは何もしていません。『ご飯を最後まで残さずに食べる』といった、ごくごく当たり前の行動だけですね。個人的な見解ですが、私は家庭内で過剰な取り組みはしなくていいと考えています。たとえばコーヒーの搾りかすがもったいないからといって、無理にクッキーに混ぜて食べても、なかなか美味しいとは感じづらいのではないでしょうか。家庭内では無理のない範囲でゴミの削減に取り組みつつ、私たちのようにゴミを価値に変えるソリューションが世の中に広がり始めているということを知っていただければ、ゴミを捨てることの罪悪感も和らぎ、前向きな気持ちで生活できるようになるのでは、と思っています」

最後に、町田さんのこれからの目標について聞いてみました。

「まだ実用化には至っていませんが、将来的には食べられる素材の開発も視野に入れています。最終的には童話に出てくるような『お菓子の家』もつくってみたいですね」

近い将来、食品から生まれた空間の中で生活できる日がやってくるかもしれません。不要になったものから新しい価値をつくっていく町田さんとfabulaの活動は、まだ始まったばかりです。